今、ここに私はいる!幸せを得るために… 

自分は、今どこにいるのだろう…

受容03

誰しも、こんな思いを持ったことはあるのではないでしょうか? 

“自分の居場所を探したい”と思うその動機は、自分の存在の確認をしっかりさせたい思いからかも… 

 それは、哲学的な思索を深めてゆく場合の問いかけでもありますが、それとは別に、人間関係等のストレスによって疲れが溜まっている時には、こんな思いも出てきやすくなりますね。 

 体調も落ちれば、思考もネガティブになりがちです。せっかくの自分自身を知る問いかけも、考え方が偏ってしまえば、結果も行き詰まってしまいます。

  さあ、ここはひとまず立ち止まって、これまでの自然な心のざわめきに流されず、角度の違う考え方をしてみましょう!

  “自分の考え方や感じ方を見直すチャンス”が、きっとここにもあるはずですから!

受容04 

凝り固まった考え方をはずすには、これまでに考えてもみなかった方向や言葉を手掛かりにして、まずは整理してみることから始めましょう。 

 例えば、受容05

“ああ、またこんな些細なことで腹を立てて大声で怒ってしまった。結構きつい言葉で返したけれど、あんな言われ方をすれば誰だって怒るのは当然!腹を立てすぎということはないはずだ!” 

 こんな感じで、怒ってしまったことを、結局は過去の出来事にその原因を押し付け、今の自分を反省するというよりは、ただ行き詰まってしまうことがあります。

 実は、人間の行動や怒り等の感情の原因は、“あんな事を言われたから怒った!”という短絡的なものだけではありません。 

 深く分析してみれば、自分が大声で怒ってしまったのは、 “あんな事を言われたから”ではなく、カチンとくるその一言をきっかけにして、

“相手をやりこめるチャンスが来た、ここで欲求不満をぶつけ大声で攻めてやる!”

という無意識のうちに沸き起こった、暴力的衝動からとも考えられるのです。 

 自分もok、相手もokともに平和的にくらしてゆきたいと常々思っている人であれば、こうした時の、自分に隠れた暴力的な思いに気づくことで、心はおのずから平和的な解決法を選択してゆきます。 

 ヨーガの禁戒(ヤマ)の非暴力の教えは、こうした気づきによる教えです。 

そして、客観的な視点がなければ、次にこんな言葉が湧いて出るかも…。

 受容01 

 “こんな失敗や思いをするのは、自分がいけないのかもしれない、いやきっといけないに決まっている…!考えてみればいつも同じことで何度も怒ってしまうのは、反省が足りないのだし、思い出せば、次々とあんな時や、こんな時のことが思い出されてしまう。みんな原因は、そこから始まっているんだ…もう、疲れた、何もかも嫌になりそう”

  過去のひっかかりを昇華しきれず、ずっと心の片隅にそれを置きつづけ、ちょっとしたことに怒ってしまう自分を反省しようとしていますが、実は、急いで自分を肯定したい、早く許しが欲しいという思いで一杯です。

  本当に今の自分を客観視できるならば、「反省しようとしても、今は、何もできない状態だ…」と気づくことができるはずでもあるのです。

  こうした視点は、 “常に今を大切に、今を観て、今を生きようと”することです。過去を悔んだり、未来を不安視することなく、起きている事象を冷静にとらえ、今できることを行う考え方を楽観的(positive)といいますが、ヨーガに基づいた健康的な生き方も同じであり、そのような楽観的な心にこそ、「こんな自分だけど、生きてゆくしない!この先、問題が起きたらおきたでしょうがない!」と前向きに開き直れる勇気や自信を心にうむことができるのです。

  さて、冒頭に提示した、“自分は、今どこにいるのだろうか?”という問いですが、実は、この問いかけには、言葉が欠けています。

 詳しく補うならば、

“今、自分は、あまり充実していないが、このままでいいのだろうか?人生の目的など難しすぎてわからない、そもそも、今、自分はここに、こうして生きていていいのか?”

といった混乱からの問いかけでもある場合が多いのです。

ここから原因を見つけることは、まず不可能でしょう。

 

“今を生きているからには、きっと何かすることがあるためです。”

 それは、具体的な仕事や役割を指すのではなく、満足や幸福を実感するために生きているのであり、そのために、健康、仕事、趣味、人間関係が大切なのです

 自分を認め、受け入れ、友人や家族を信頼し、誠実に生き、みんなと喜びを共有する。 

 そうすれば、自分のできることは自分で疑問なくしてゆきますし、自分にできないことは、遠慮なく周囲に相談できるようになります。

 こうしたことの積み重ねが、自分の今いる場所やその居心地の良さをよりよくしてゆく方策となり、満足や幸福感、勇気や自信が根付いてゆくでしょう。

 このように客観視から得た今の自分をつかむことができれば、後は、そのためのステップをどのように踏むかを考え、それに沿って行動するだけですよね。

 受容02

 現代を生きる私達に必要な客観視は、ヨーガの数々の行法が手助けしてくれます。アーサナを行う際の微妙な身体の動きのコントロールや自分の身体の些細なバランスの違いを観察したり、自律的に働く呼吸を意識的に行う呼吸法は、言うに及びません。 

 そして、(これは、古来からの秘密なのですが、)ヨーガの行法は、無意識のうちにも、大いなる神様へ自らを捧げる行法でもあります。難しく考えることなくとも、取り組みを始められるのです。  

 放棄や識別智をテーマとしたヨーガにおける、究極的な“今”とは、時間を意味してはいません。その“今”とは、自分の心に浮かぶ、思いや感情の隙間に静かに満ちているものであり、“それ”が神様であり真の自己であると教えているのです。“今を生きることは、幸せを探す出すこと”です。そして、その幸せは、“本当の今の自分そのものである”とヨーガは、伝えています。 

気づき05 

 何千年もの時代を経ても変わらない、この普遍な真理の教えに、少しでも皆さんと触れられることに、心からありがたい感謝の気持ちが湧き上がります。 

“シャーンティ シャーンティ シャーンティ” ありがとうございます。 

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