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第13回日本統合医療学会に参加して

森と光
東京大学、安田講堂にて第13回日本統合医療学会が開催されました。
まずは、統合医療の定義とは・・・
1.近代西洋医療のみならず、相補・代替医療、伝統医療を含めて、患者中心の医療を
  行う。
2.疾病の治療のみならず、疾病の予防、さらに健康維持・増進までのケアを行う。
3.身体のみならず、精神的・社会的、さらに霊的なウエルネスを目的とする。
4.人が生まれて成長し、老化し、死に至るまでの包括的なケアを行う。
5.最終的には、宇宙における自己の存在と意義の自覚への到達を目標とする。

大会長である渥美理事長が、冒頭の挨拶で、フランスの聖地ルルドの「奇跡の水」の
話をされました。
ルルドの泉は、現在はカトリック教会の巡礼の地でも有名なところです。
1862年から現在までに、「奇跡の水」で病気が治ったと自己申告した方が、6700人。
しかし、その中でルルド聖地当局が厳しく審査し、奇跡と認定されたのは、たった66人で
あったそうです。
この数を、たった66人と思うか、66人も奇跡が起こったと思うかは個人の考えですが、
この数に多くの医療関係者が興味をもっているそうです。
各自の信念や、目に見えないもの、意識などを客観的に評価するのは難しいのですが、
これからは、「スピリチュアル(霊性)」「祈り」「瞑想」などの医療と宗教の対話も大事に
なってくるとお話されていました。
このような話が出てくるのも統合医療の学会だからですね。

シンポジウム「看護と統合医療」の講演の中で、私が興味を持ったのは、日本赤十字看護
大学ガンサポート研究会の発表でした。
日本赤十字看護大学は、平成13年から「ガン患者家族へのサポート体制」に関する研究に
取り組んでおり、平成17年から一年間に「ガンサポートルーム」を実際に開設し、研究した
報告です。
治療期や終末期の患者・家族だけでなく、回復期あるいは再発・転移した患者や家族の
ケアの必要性について発表されていました。
具体的には、患者さんにセミナーでガンに関する情報提供を行い、ヨーガやハンド&フットケア
で身体に働きかけるケアを行ったりしたそうです。
看護師さんならではの視点で、患者さん一人一人のQOLの向上まで考えられた研究であり
今後の研究と実践が楽しみです。
発表の中で、「優しく手厚い療法」「長く寄り添い支えていく」という言葉も温かく素敵でした。

様々なシンポジウムの中で、「人間の身体をよく観察する」 「人間の体は科学でも全ては
解明できない」 「心と体の関係、病気や健康の本質を把握する」という言葉が、講演者が
共通して語られていたように思います。
病気になる前から、自分の体、体の中の気の流れ、自分の体質をよく観察し、医療従事者の
言われるままに身をまかせるのではなく、主体的に働きかけることが大切ですね。
その為には、日頃から視野を広げて、病気の予防や治癒について考えたり、自分ならどうして
いきたいかの考えをしっかりと持っていたいですね。

人は何のために「祈る」のか

村上和雄先生の本
遺伝子研究で有名な筑波大学名誉教授である村上和雄先生と、京都府立医科大学教授で
宗教学者として多数の本を書かれている棚次正和さんとの共同著書です。
この本で書かれてある「祈り」とは、宗教的な祈りのことを指しているのではなく、自分の心に
描いた願望を心の中で念じる祈りのことです。
熱烈な思いは、天にも通じるといいますが、思いは天ばかりではなく、細胞の遺伝子にも
直接に働きかけるそうです。 とても興味深いですね♪

日本では、祈りというと宗教をイメージする方が多いのですが、アメリカの大学医学校の
約3分の1がすでに補完・代替医療についての講座があり、その多くの講座の中に「祈り」
の講座が含まれているそうです。 
日本は、「祈り」につての意識が遅れているそうです。
日本から遠いチベットでは、祈ることが生活の全てであり、厳しい自然環境の中で生きるため
には、自分を越えた見えないものに祈るということが身体に溶け込んでいるように見えます。
ヨーガの智慧を勉強している方々は、マントラ詠唱の中に祈りの要素が多分に含まれているので、
祈りについて考えたり、意識することが多いと思いますが、現代の日本人は、「祈り」についての
意識が薄れているように思います。

村上先生曰く・・・
かつての日本人は、必死に祈って生きていました。戦後などは特に豊かな日本を夢見てただ
ひたすらに祈るように生きていました。
だから、どんなに辛くても貧しくても、苦しくても、生き生きワクワクと生きられたのです。
しかし、豊かになるにつれて、私達は「歌を忘れたカナリア」のように祈ることを忘れてしまった
そうです。これが、今の日本の問題だと苦言を指しています。
自分の願望を祈ることで、不安定な心が落ち着き、心の中に中心軸ができて、ブレない生き方
ができるようになるのです。
生命の根源とつながり、物事の本質を直観する能力が高まり、ヨーガでいう真我と繋がって
いきます。

思い出してみると、子供の頃は素朴に祈れていましたよね。
大人になると、祈るのは弱者だという思いからなのか、素直に祈ることができない方々が
大勢います。

しかし、この本を読んでいると、「祈る」とは「生きる」ことであり、しかも「いきいきと生きる」こと
だと気づかされます。
大人になっても素朴に謙虚に祈るのことの大切さを感じることができました。
祈りの言葉も、最初は自分の事だけを祈るのが精一杯かもしれませんが、祈りの効果を実感し
深めていくと、自分のことだけでなく他人をも包み込む大きな祈り、精神的な健全さを求める
より深い祈りへと変わっていくのではないかと思います。

この本にご興味を持たれた方は、是非とも一読してみてくださいね。
 ~ 「人は何のために「祈る」のか」 祥伝社発行 ~